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国際関係業務

Canary Wharf便り~欧州医薬品庁(EMA)にて~第6回 2010年12月

2011年1月26日
林  憲 一

 2009年11月下旬から、ロンドンにあるEuropean Medicines Agency(以下Agencyという)にMHLW/PMDAのLiaison Officialとして派遣され、長官オフィス(Office of the Executive Director)に籍を置くこととなりました。この機会に、Agencyに関する情報や話題について、Canary Wharf便りと題して報告したいと思います。

 なお、このCanary Wharf便りは、Agencyに派遣されている林がAgencyに関する情報を個人の立場でまとめたもので、Agencyあるいは派遣元である厚生労働省(MHLW)、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の見解等を示すものではないことにご留意下さい。

CHMP以外の科学委員会(続き)

 年末に欧州を襲ったBig Freezeのため、昨年12月24日にPMDAで開催された「EMAの最新動向と国際協調の現状についての講演会」に帰国して講演することができず、多くの方々にご迷惑をおかけしました。

  そこでCanary Wharf便りでは、前回に引き続きCHMP以外の科学委員会(Scientific Committee)として小児用医薬品の開発に関し種々の科学的評価を行っている小児委員会(PDCO)とEUの小児用医薬品規制の紹介に加え、上述のような事情により講演会でお話しできなかったトピックスのうち、特に興味深いと思われるものをいくつか取り上げて解説していきたいと思います。なお、講演スライド自体は講演会当日、PMDA富永国際部長より説明されていることから、本稿はその補足としてお読みいただければ幸いです。

(1) 小児委員会(PDCO)とEUの小児用医薬品規制

  EUにおける小児用医薬品規制(Paediatrics Regulation)は、規則No 1901/2006(以下規則という)に基づき2007年1月26日に施行されました。

    規則の冒頭にあるWhereas条項(説明条項)の(4)を見ると「この規制の目的は、小児集団(規則では、新生児から18歳までの間の集団と定義)に用いられる医薬品の開発及びアクセスのしやすさを促進すること、小児集団の治療に用いられる医薬品を対象とした質の高い倫理的な研究の実施と小児集団における使用の適正な承認を確保すること、種々の小児集団における医薬品使用に関する情報の入手しやすさを改善することである。これらの目的は、小児を不必要な臨床試験に晒すことなく、また、他の年齢層に用いられる医薬品の承認を遅らせることなく達成されなければならない。」と書かれています。

  この規制により、EUにおける新医薬品の申請には、事前に承諾された小児調査計画(PIP、後述)に従い小児を対象として実施された試験の結果が含まれていなければならないこととされました。

  ただし、小児用医薬品の開発が必要ないか又は適切でない場合(規則にはこのような場合として、(a)当該医薬品が小児集団に対して無効であるか又は安全でない可能性がある、(b)対象となる疾患や症状が成人集団のみに起こり得るものである、(c)当該医薬品が小児患者に既存の治療法と比べて著しい治療上のベネフィットをもたらさない、の3つが掲げられています)に該当するときは、試験の免除(waiver)が認められます。

  また、PIPを提出しても、当該医薬品の成人での有効性、安全性を示す十分なデータが得られるまで小児用の開発を待った方がよいと考えられる場合には、小児試験の一部又は全部の実施が猶予(deferral)されることもあります。

  いったん全てのEU加盟国でその医薬品の販売承認が得られ、小児試験の結果が製品情報に記載されれば、たとえそれがネガティブなものであってもPIPを適正に遵守して実施されたものである限り、当該医薬品に対して特許補完証明(SPC: supplementary protection certificate)期間の6ヶ月間の延長が認められます。

  オーファン指定された医薬品にも上記要件は適用されますが、以上の条件を満たせば、EUオーファン規制の下での10年間の市場独占期間に加え、2年間の期間延長が認められます。

  なお、ジェネリックやバイオシミラー、ハーバル・メディシンなど一部の医薬品は、上記要件の適用対象から除かれています。

  上記の要件はまた、既承認医薬品のうち特許又はSPCで保護されているものについて、新効能(小児効能を含む)、新剤型、新投与経路を追加する場合にも適用され、申請の際の資料には、既存と新規の両方の効能、剤型、投与経路がカバーされていなければならないとされています(つまりこれらはPIPか免除・猶予のいずれかに該当することになります)。

  一方、特許期限切れの医薬品に対してはインセンティブとして、そのような医薬品を用いて小児用途に適した製剤を開発した場合、10年間のデータ保護期間が付与される小児用途販売承認(PUMA: Paediatric-use marketing authorisation)の仕組みが別途設けられています。

  小児用医薬品を開発しようとする者は、事前に小児調査計画(PIP: Paediatric investigation plan)と呼ばれる小児用医薬品の開発計画の内容について小児委員会(PDCO)の承諾を受けなければならず、いったん承諾が得られれば、その内容が申請企業に対し拘束力を持つことになります。PIPには小児用途を確立するための時期や方法、年齢に相応しい剤型、小児集団のうち症状の影響を受ける全ての小集団等の情報が含まれていなければなりません。PIP(又はその免除・猶予)に対してAgencyが行なった決定の情報は、企業秘密に係るデータを除いた上で公表されます。

  試験が終了すれば、事前に承諾を受けたPIPの内容が遵守されているかがチェックされ、それがインセンティブを得るための前提となります。このコンプライアンス・チェックは、販売承認申請あるいは新効能、新剤型、新投与経路追加の申請の前に行なわれる必要があります。医薬品開発の途中で新たな情報が得られた場合には、承諾されたPIPを修正するためPDCOに対して申請が必要となることもあります。

  AgencyにPDCOが設置されたのは2007年7月のことです。メンバー構成については規則第4条に定められており、CHMP自身により指名されたCHMPメンバー5名とその代理、EU加盟国(CHMPメンバーにより代表されている国を除く)の規制当局から指名された各1名とその代理、欧州委員会により指名された医療関係者の代表3名とその代理、同じく欧州委員会により指名された患者団体の代表3名とその代理です。メンバーの任期は3年でChairはメンバーの中から選ばれます(現在のChairはベルギーのDaniel Brasseur)。PDCOは8月を除き毎月3日間開催されます。

  PDCOの主たる任務は、規則第6条でPIP(又はその免除・猶予)の評価と承諾とされており、他の科学委員会、中でもCHMPとその下の科学的アドバイス・ワーキング・パーティーと連携して小児用医薬品の開発に関する種々の事項の評価に携わっています。

  小児用医薬品の開発に関して質問がある場合には、インセンティブとしてEMAの科学的アドバイスを無料で利用することができます。この無料アドバイスはPIPの内容に関する質問にとどまらず、小児用医薬品の開発に関することであれば、品質、安全性、有効性に関するアドバイスでもかまいません。質問が成人と小児の両方にわたる場合は、成人部分の割合に応じて手数料レベルが決められるということです。

  小児に関する情報のコミュニケーションや透明性改善のため、EU内外で実施された小児臨床試験の結果はEUの臨床試験データベース(EudraCT)上で公開されなければならないこととされています。

  EMAでは2009年2月からEU各国又はEU域内の既存の小児研究ネットワークやセンターから成る欧州小児研究ネットワークを作り、小児分野の試験研究、とりわけPIP関連の試験をサポートしています。また、米国FDAと連携して小児関連の情報交換を行い、小児用医薬品のグローバル開発を支援する取組みを進めており、そこにはPMDAもオブザーバーとして参加しています。

2015年までのEMAロード・マップ

  PMDAの中期計画同様、EMAも今後5年間の活動の方向性を示すロード・マップを策定しています。昨年12月16日に開催されたマネジメント・ボード・ミーティングで2015年までのEMAロードマップが議論の末了承され、その後の編集を経てAgency創設16周年の記念日に当たる2011年1月26日に最終版が公表されました(European Medicines Agency publishes final ‘Road map to 2015’)。

  その前身となる2010年までのロード・マップでは、図1に示す内容が柱となっていました。EMAではこれらの課題に対応するため、例えばIntegrated Quality Management System(IQM)と呼ばれる業務品質管理システムを作ってAgencyの核となる業務の品質管理を強化したり、医薬品のライフサイクル・コンセプトに対応するための組織再編(第3回Canary Wharf便り参照)を行なったりしてきました。

  新医薬品へのアクセスに関しては、条件付き販売承認、迅速審査(accelerated assessment)、オーファン・ドラッグや小児用医薬品の開発支援を進めてきました。また、イノベーションのサポートとしては、科学的アドバイスやバイオマーカーのバリデーションに関する新たなアドバイスの実施、中小ベンチャー企業のサポート、市場独占期間の設定などのほか、EMA内部にも新技術に対するタスクフォースを立ち上げたり、細胞由来製品ワーキング・パーティーを設けたりしています。

  医薬品の安全性確保の面では、新たなファーマコビジランス法令に対応するための準備としてEUリスク・マネジメント・ストラテジーの導入やEudraVigilanceと呼ばれるデータベースの整備、薬剤疫学試験のためのネットワークであるENCePP(European Network of Centres for Pharmacoepidemiology and Pharmacovigilance)の立ち上げなどを進めました。

  透明性の確保については、文書アクセスに対する新方針を策定したほか、コミュニケーション・ツールの一環としてウェブサイトの一新や患者団体や医療団体の代表とのインターラクションの強化が挙げられます。また、国際協力の推進ということでは、EMAにおけるインターナショナル・リエゾン・オフィサーの設置とFDA、MHLW/PMDAからのリエゾンの受入れ、EMAからFDAへのリエゾン派遣を進めてきました。

  しかし、2010年までのロード・マップがドラフティングされて以降も、医薬品規制を取り巻く環境には様々な変化がありました(図2)。例えば科学の進歩(エマージング・サイエンス)として、ヒトゲノムの解読、パーソナライズド・メディシン、再生医療、シンセティク・バイオロジー、ナノテクノロジーを応用したドラッグ・デリバリー・システムなどはすでに医薬品開発の一部となっている観があり、ナノメディシンに関する第1回国際ワークショップ(第5回Canary Wharf便り参照)のところでも説明したように、EMAはこれらの新技術に対して現在の規制の枠組み、とりわけベネフィット/リスク評価の方法論が十分対応したものとなっているかどうか絶えず問い直しています。

  医薬品の開発生産性の低下に関しては、グローバル・セールス自体は伸びているものの、もう何年も前からグローバルな研究開発支出が増加し開発期間が長期化する一方で、新有効成分の創出数の落ち込みが指摘されています。

  グローバル化の進展(図3)に関しては、薬の製造サイトがいまや欧州のテリトリーからどんどん他の地域に移っていること、また、医薬品の研究開発や臨床試験にしてもEU内の試験実施サイトが減少し、EU以外の、患者の集まりやすい、コストの安い国で実施され、その結果がAgencyへの申請資料として提出されるケースが多くなっていること、そして世界中で医薬品を一番安いところで製造し一番高く売れるところで販売する傾向が強まっていること、フォールシファイド薬(以前はカウンターフィット薬(counterfeit drugs)と呼ばれていましたが、最近は知的所有権侵害の問題と区別するためfalsifiedという語が使われるようになっています)の問題も国際的な対応が必要な事例の1つであること、さらに審査のレベルや安全対策の内容もかつてに比べて複雑で膨大なデータが求められるようになり、レギュレーターの果たす役割も変わってきていることなどが指摘されています。

  そのためAgencyは、国際商品である医薬品の安全性向上のために、ICH、OIE、WHOなどの既存の国際協力の枠組みを通じたインターラクション、相互認証協定(MRA)を利用した協力、さらに欧州にとって主要パートナーである米国、日本、カナダ当局と守秘義務協定を通じた連携を強化する一方、新興パートナーであるロシア、インド、中国とも協力を強化する必要があると考えています。

  国民の健康ニーズの多様化(図4)に関しては、戦略的アプローチが必要な課題として、高齢化等の人口動態の変化、パンデミックに代表される新たな公衆衛生上の脅威の出現、既存の医療システムに大きな影響を与える医療情報の電子化(E-Health)を含む新たなテクノロジーの発達などが挙げられます。また、難病、小児用等のアンメット・メディカル・ニーズに対して医薬品が供給される必要があることや、医薬品の適正使用が罹患率や死亡率を下げて医療費を抑えるための重要なファクターであることも指摘されています。

  さらに欧州各国では、薬剤費のコントロールにおける政府の責任が増加し、ヘルス・テクノロジーア・セスメント(HTA)と呼ばれる医療経済学的評価の取組みが進められています。

  ところで2015年までのロード・マップの背景にはもう一つ、2008年に欧州委員会が出したファーマシューティカル・パッケージという文書があって、ロード・マップの内容に影響を与えています(図5)。

  これは、欧州が革新的医薬品を創出する競争力を失いつつあるのを押しとどめ反転させなければいけないという危機感のほかに、患者の医薬品情報へのアクセスが加盟国間で統一されていないことや、フォールシファイド薬の問題が深刻になりつつあることなどにいかに取り組んでいくかを欧州委員会として検討し、その結果をコミュニケーションとしてまとめた文書です。

  欧州市民が競争力ある産業が生み出す安全かつ革新的でアクセシブルな医薬品の恩恵を享受できるよう、欧州委員会としてのビジョンと各トピックに対する行動が提案されるとともに、新たな法案として、EUの医薬品ファーマコビジランス・システム強化による患者保護の推進、深刻化するフォールシファイド薬や医薬品の不法流通問題への対策、処方せん薬に関して高品質かつ信頼できる情報への患者アクセスの確保、の3つが提案されています。

  また、以上の法律マター以外にも、加盟国と協力して薬剤償還価格の決定過程をより透明なものとするための方策を検討することや、EUの医薬品研究をサポートするための取組みを推進することなどが述べられています。

  以上のようなことを考慮してドラフティングされた今回の2015年までのEMAロード・マップ(図6)ですが、マネジメント・ボードにおけるLonngren長官の言葉を借りれば「2015年までのEMAロード・マップは、2010年までのロード・マップのサクセス・ストーリーを継承するものであり、今後のAgencyにとって進歩と変革のきっかけとなり駆動力となるもの(The Agency's Drivers for Progress and Change)を十分考慮した」ものだということです。

  ロード・マップの初めの方に、これは主として医薬品の規制環境を改善し、また、イノベーションや研究開発を促進することによりパブリック・ヘルス(人及び動物の健康)に貢献することに焦点を当てた長期戦略である、EMAは公衆衛生機関としてそのミッションを達成し、また新たな法令により益々拡大する業務に対し、EUにおけるパブリック・ヘルスの守護者(Guardian)としての役割を果たしていくということが書かれています。

  ロード・マップ中の環境解析(図7)では、進歩と変革の推進のために主として焦点が当てられるべきは、現在そして今後新たに定められる法令に規定されたAgencyの核となる業務を引き続き効率的に実施することであるとされています。EMAの役割と責務は先に2010年までのロード・マップが策定された頃に比べて格段に増大していることから、業務の効率をいかに向上させるか、特に6つの科学委員会とその下の35以上あるワーキング・パーティー等との間のインターラクションをいかに効率化するかが鍵になると述べられています。

  エマージング・サイエンス、国民の健康ニーズへの対応、グローバル化の進展がもたらすインパクト、患者の安全性確保についてはすでに述べた通りです(医薬品規制のためのモデル、透明性と情報開示の一層の向上についてはいずれ稿を改めて解説したいと思います)。

  2010年までのロード・マップで優先事項とされてきたもののうち2015年までのロード・マップでも引き続き戦略的な取り組みが必要なものとして、図8に示した国民の健康ニーズへの対応、医薬品へのアクセスの迅速化、医薬品の安全・適正な使用の実現の3つが掲げられており、今後、ロード・マップの実施プラン(implementation plan)として「ビジョンからリアリティへ」というタイトルの文書と複数年にわたるプランが作成されることになっています。

Thomas Lönngren長官の退任

 2010年まで2期10年間、AgencyのExecutive Directorとしてトップを務めてこられたThomas Lönngren長官が、昨年12月いっぱいで退任されました(図9)。12月初旬から半ばにかけてAgencyのスタッフ一同による心のこもったフェアウェル・パーティーが開かれたほか、各国の規制当局関係者が招かれて"Regulatory Science: Are regulators leaders or followers?"と題された長官の退任記念カンファレンス(これまでのLonngren長官の業績の全体をカバーするような形で各分野の専門家によるプレゼンテーションが行なわれました)が開催されました。カンファレンスの模様や資料などは、後日EMA public websiteに掲載される予定です。

 後任は公募により決められることになっており、欧州委員会が科学ジャーナルなどに2010年10月下旬にvacancy noticeを掲載して公募手続を開始しました。しかし、種々の手続きの遅れのために長官の退任には間に合わず、マネジメント・ボード・ミーティングでの審議の結果、Agencyの予算、人事、会議のサポート、インフラ管理などを担当するAdministration UnitのヘッドであるAndreas Pott氏が、Acting Executive Directorを務めることになりました。

 現在のところ、新たなExecutive Directorが選任されるのは2011年の夏頃と見られており、Pott氏は予算、人事に明るく適任という声もありますが、Eexecutive DirectorとHead of Administration Unitの掛け持ちによる多忙な状態がしばらく続くものと思われます。

 第1回Canary Wharf 便りでも触れましたが、これまでEUの医薬品規制は幾度かの改正を経て、その都度Agencyには新たな任務が付与されてきました。とりわけLonngren長官が2001年に就任されて以降(特に2005年頃から)、中央審査手続の対象となる医薬品の範囲の拡大だけでなく、小児用医薬品の開発促進や先進医療医薬品への対応を進めたり、患者団体や医療関係者団体とのインターラクションを深めたりするなどの大きな改革が行なわれてきました。

 それから約5年後の現在、Agencyは新たなファーマコビジランス法令をはじめ、2000年代半ばの改革に匹敵するダイナミックな変革の時期を再び迎えていると言えるのかもしれません。