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国際関係業務

Canary Wharf便り~欧州医薬品庁(EMA)にて~第9回 2011年11月

2011年11月28日
林  憲 一

 2009年11月下旬から、ロンドンにあるEuropean Medicines Agency(以下Agencyという)にMHLW/PMDAのLiaison Officialとして派遣され、長官オフィス(Office of the Executive Director)に籍を置くこととなりました。この機会に、EMAに関する情報や話題について、Canary Wharf便りと題して報告したいと思います。

 

 なお、このCanary Wharf便りは、EMAに派遣されている林がEMAに関する情報を個人の立場でまとめたもので、EMAあるいは派遣元である厚生労働省(MHLW)、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の見解等を示すものではないことにご留意下さい。

フォールシファイド薬に関する新たな法令

  2011年7月1日にFalsified medicines(以下「フォールシファイド薬」という)に関する新たな指令2011/62/EU(以下「指令」という)がthe Official Journal of the European Union(EU官報)に掲載されました。今回のCanary Wharf便りでは、このフォールシファイド薬に対する新たな規制の概要を紹介したいと思います。
DIRECTIVE 2011/62/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL
 

  フォールシファイド薬とは、認可された現実の医薬品になりすまして流通する、いわゆる偽造医薬品のことです。指令の第1条(c)に定められた定義を見ると、フォールシファイド薬とは、以下の事項:a)包装・表示、名称、添加物を含む全成分の組成・濃度(力価)等のアアイデンティティ、2)製造者、製造国、起源国、販売承認保持者等のソース、3)使用した流通経路に関する記録や文書等の履歴、について虚偽の表示がなされているものとされています。
 

   フォールシファイド薬にはその定義である虚偽の表示に伴って、粗悪な品質の成分を含有する、含量が正しくない(多すぎる場合と少なすぎる場合がある)、成分が正しくない(有害な成分が含まれていることもある)、内容や供給源に関して故意又は不正な表示がなされている、包装が虚偽であるなどの問題があり、EUの販売承認手続において通常要求される品質・有効性・安全性の評価を経ていないために保健衛生上の危害を及ぼすおそれがあります。
 

  以前はこのような医薬品は欧州でもカウンターフィット薬と呼ばれていましたが、最近ではカウンターフィット薬は知的所有権のルールに従わないか商標権を侵害する医薬品とされ、現実の医薬品を真似てデザインされたニセ薬(フェイク医薬品)はそれと区別するためにフォールシファイド薬と呼ばれています。
 

  EUにおけるフォールシファイド薬は、近年増加の一途を辿っています。欧州委員会が法案準備のためのパブリック・コンサルテーションを行なった際の資料によれば、EU国境税関における2006年の押収量は約270万品目に上り、これは2005年と比較して384%の増加だということです。またEU市場におけるフォールシファイド薬は、かつてはED治療薬や抗肥満薬等のいわゆるライフ・スタイル薬が多かったのに対し、最近は抗がん剤や循環器疾患用薬、精神疾患用薬、抗ウイルス薬などの高額なライフ・セービング薬が増加し、これらの明らかに低含量・低品質のフォールシファイド薬が正規の流通経路を通じて患者に使用されると、治療に致死的な影響が及ぶおそれのあることが指摘されています。
 

  フォールシファイド薬の問題がEU内で注目を集めるようになったのは2000年代半ばのことです。この頃、欧州委員会が抗肥満薬リモナバント等の無許可あるいは偽造医薬品がインターネット上で販売されていることに対して警告を発しています。欧州委員会はさらに2008年3月に前述の法案準備のためのパブリック・コンサルテーションを行い、2008年11月にはカウンターフィット薬(この頃はまだそう呼ばれていた)対策のための流通経路に関する調査報告書を公表しました。その後2011年2月に欧州理事会及び欧州議会でフォールシファイド薬に関する指令が審議・採択され、2011年7月に公布されて患者及び消費者保護の強化が図られました。現在は2011年11月18日に指令の委任法令(Delegated act)に対するパブリック・コンサルテーションが開始されたところです。
 

  指令ではフォールシファイド薬が適法な供給チェーンに入りこんで患者に渡ることのないよう以下のような対策を実施することによりEUにハーモナイズされた安全対策と強化された管理策を導入することとされています。

  • 医薬品の外包に正規品であることの表示の義務付け
  • 医薬成分の製造業者に対する査察要件の強化
  • フォールシファイド薬の疑いがある場合の製造業者や流通業者による報告の義務付け
  • 原薬製造業者に対するより厳格なコントロールと査察に関するルールの策定
  • 卸売業者の記録保管義務の強化
  • EU内で適法に運営されているオンライン販売のウェブサイト上への共通のロゴ表示と公的な国内登録へのリンクの義務付け
 

  今回の指令で特に注目されるのは、処方せん薬に対するSafety features(正規品を確認するため製品の容器・包装に記載されるシリアル・ナンバーや開封の有無が分かるシール等の対策)の義務付け、卸売業者によるGood Distribution Practice(GDP)の遵守と記録保管義務の強化、原薬製造業者への登録等の義務付け、インターネットを介した遠隔販売に対する規制の整備の4点です。
 

  Safety featuresには、流通形態を問わず個々の包装品の同定と、それが正規品であることの確認や不正な改竄が行なわれた場合にはそのことの確認が行なえるものであることが求められます。このSafety featuresは処方せん薬に対して義務付けられるものですが、価格、過去の偽造の報告例、偽造された場合の保健衛生上の影響、対象疾患の重篤度等を考慮したリスクアセスメントを行ない、偽造のリスクが小さいことが示されれば対象から除外されます。また、処方せん薬以外の医薬品は、リスクアセスメントにより偽造のリスクが高いことが示されない限り義務付けから除外することとされています(詳細に関しては今後策定される委任法令により具体化される予定)。
 

  サプライチェーンに対しては、クオリティーシステムの維持、サプライヤーがGDPを遵守していることの確認、輸出に関する記録保管、偽造の疑いがある場合の卸売業者による報告義務など、卸売業者に対する責任が増すことになります。また、ブローカー行為についても指令第1条の中で「医薬品の売買に係る全ての活動であって、医薬品を物理的に取り扱わず、独立にあるいは他の法人又は自然人に代わって交渉するもの。ただし卸売業者が行なうものを除く」と定義されて、規制対象に含まれることになりました。
 

  原薬については今回の指令により、原薬GMPの遵守を含む原薬製造業者への直接の義務、製造業者・輸入業者・卸売業者のEUデータベースへの登録などが新たに定められました。特にEU向けに輸出される原薬に関しては、販売承認保持者がEU域外の輸出国においてauditを行ない原薬製造業者がEUと同等のGMPを遵守している旨の確認書を発行する仕組を導入すること、原薬の輸入が認められるのは、EUと同等のGMPを遵守している工場で製造された旨の輸出国の当局からの確認書がある場合のみであること(輸出国がすでに欧州委員会のリストに掲載されている場合はこの限りではない)、欧州委員会はEMA及び加盟各国と協力して、第三国における原薬の規制の枠組がEUと同等か否かを評価した上でその国をリストに含めるかどうか決定すること、条件を満たしているか否か定期的に確認しなければならないことなどが定められています。
 

  フォールシファイド薬が、医薬品のインターネットを介した違法な販売を通じて一般の人たちの手に渡り、保健衛生上の重大な脅威となっていることに鑑み、インターネット販売に関しても、そのような販売を行なう者は加盟国に住所、ウェブサイト、販売品目を届け出るとともにEU共通のロゴをウェブサイト上に明示しなければならないこと、自身のサイトを当局のウェブサイトにリンクしなければならないこと、加盟国は許可されたインターネット販売者のリストを作成すること、EMAはウェブサイトを構築して加盟国サイトへのリンクを設けること、EMAと加盟国はインターネット購入やフォールシファイド薬のリスクを一般の人々に啓蒙するためのキャンペーンを行なわなければならないことなどが定められています。
 

  フォールシファイド薬はグローバルな問題でもあることから、指令では、EMAは欧州委員会やEU加盟国と密接に協力してこの問題に関する国際フォーラムの活動をサポートすることとされています。この目的のため、EMAは2006年にWHOが中心となって結成された国際医療品アンチカウンターフィティング・タスクフォース(IMPACT)に加わり、偽造医薬品の定義の修正、対象範囲拡大の作業、インターネット販売のガイドライン作成などに取り組んでいます。また、欧州評議会のメディクライム条約、OECDのカウンターフィットと著作権侵害に関するプロジェクト等、アンチ・カウンターフィットに係る国際的な通商協定や犯罪取締機関にも協力しています。
 

  一方、加盟国の方でもHMA(欧州の医薬品規制当局の長から成る会議)においてフォールシファイド薬の対策は欧州規制ネットワークが直面する2015年までの主要課題の1つとさ位置づけて、指令の実施に向けて各国と関係機関の調整に努めています。
 

  指令は2011年7月21日より施行され、加盟国はここに定められた方策を2013年1月2日から実施することとされています(ただし、原薬に係る輸出国の評価は2013年7月から、Safety featuresは委任法令の公布日の3年後から実施)。EMAでは欧州委員会、EU加盟国、国際的なパートナーとも協力し、2010年11月に設置したアンチ・フォールシファイド・タスクフォースを通じて指令の施行に向けて準備を進めているところです。

 

クオリティ・バイ・デザイン(QbD)申請に対するEMA-FDA並行審査パイロット・プログラム

  現在EMAは米国FDAとともに、EMA- FDAの守秘義務協定に基づいてクオリティ・バイ・デザイン(QbD)申請の並行審査に関するパイロット・プログラムを進めています。このパイロット・プログラムの背景・目的、並行審査の運用・GMP査察等におけるEMA-FDA間の調整等に関しEMAから文書が公表されていますので、それについて解説したいと思います。
EMA-FDA pilot program for parallel assessment of Quality by Design applications
 

  QbDの実施に関しては、すでにICHにおいてICH Q8「製剤開発」、Q9「品質リスクマネジメント」、Q10「品質システム」の3つのガイドラインが策定され、また、ICHの品質に関するガイドライン実施作業部会(IWG)によりQ&A等の文書が作成されてICH Q8/9/10の総合的な実施について解説されています。
 

  さらに米国ではFDAのONDQA(Office of New Drug Quality Assessment)による CMCパイロット・プログラム(CMC: Chemistry, Manufacturing, and Control)で得られた経験が蓄積され、EUではEMA PAT(Process Assessment Technology)チームとピア・レビュー・プロセスが、申請審査のハーモナイズとICH Q8/9/10実施のためのツールとして役立てられています。
 

  しかしながら、QbDアプローチに関してはその後もEMA及びFDAに種々の質問が寄せられており、デザイン・スペースの定義のためのアプローチ、提出されたプロセスの記載情報の妥当性、リアルタイム・リリース・テスト(RTRT)、継続的プロセス確認、継続的製造、承認後の変更管理プランなど、既存の規制経験では必ずしもカバーされない規制上又は科学上の課題が出てきています。また、QbDの審査では一般に統計、解析、リスクアセスメントの方法論の理解が求められますが、これまで企業も規制当局もこれらを十分に体系立てて使用してこなかったことが指摘されています。
 

  そこで医薬品製造の持つグローバルな側面も考慮し、EUと米国の審査官がICHのコンセプトや関連する規制要件の実施について実際の申請を用いて早い段階から意見交換することがEMAとFDAとの間で合意され、このパイロット・プログラムが実施されることになりました。本パイロット・プログラムは、上述の通りEMA-FDA間の守秘義務協定に基づき、医薬品の品質・製造に関するEU-USバイラテラル・テクニカル・ワーキング・グループにより運用されています。
 

  本パイロット・プログラムの目的は、一定の選ばれた申請に対してEMAとFDAの品質・CMCセクションが、開発、デザイン・スペース、リアルタイム・リリース・テスト等のQbD関連事項について以下の点を念頭に置いて並行審査を行なうこととされています。
 

  • EMA-FDA間で審査プロセスにおけるICH Q8/9/10ガイドラインの一貫した実施を確保し、新たな規制上の考え方に関して意思決定の共有を促進する(例として、申請資料に含めるべきデータの種類・量、スケールアップを含むデザイン・スペースの開発、QbDパラダイムを用いた異なる種類のモデルの開発・検証、ライフサイクル・マネジメント、RTRT実施のためのアプローチ、臨床的関連に基づいたデザイン・スペース、市販後の規制の柔軟性、これらの事項の申請資料への記載法や記載すべきデータの種類・程度、継続的プロセス:コントロール戦略の適切性、安定性の要求、バッチ受入基準、QbD面に関して評価又は査察すべきデータのより良い定義が挙げられている)
  • 上記の規制上の考え方に対する審査官・査察官の認識向上
  • EMAとFDAの新薬品質評価に携わる審査官が、申請について十分な情報を共有できる方策の考案
  • EMA-FDA間の査察協力の促進
  • QbD申請に対する審査官と査察官の間の関係の明確化
  • 規制に係る意思決定の可能な範囲でのハーモナイゼーション


  パイロット・プログラムでは、化成品の新有効成分及び既承認のプロダクトであってQbDアプローチが実施されるものが対象とされています。バイオロジックス等は対象に含まれませんが、経験が蓄積されれば、QbD/PAT申請の対象範囲をバイオロジクスや新用量製剤のような共通の関心分野に段階的に拡大することも考えられるとされています。
 

  申請には新たなアプローチの活用に繋がり医薬品開発を強化するQbDアプローチが含まれていることが求められます(そのようなアプローチの例として、デザイン・スペース、PATツール、継続的なプロセス検証、RTRTをサポートするモデルへの依拠、継続的な製造と承認後の変更管理プラン/コンパラビリティ・プロトコールが挙げられている)
 

  プログラムの主な成果として申請審査のハーモナイゼーションが進むことが期待されており、実際、申請がEMAとFDAの双方に提出されれば、合同の照会事項リスト(LoQ)/情報要求など、よりハーモナイズされた審査や合同査察が実施されることとなります。
 

  結果の報告/レビューは両地域の法的要件や組織の慣行に従って別々に出されますが、報告/レビューのパイロット関連部分は、地域の要件の違いを考慮しつつも最大限共通の対応がとられます。また、実施方法やガイダンス等におけるEMAとFDAのアプローチの違いをハーモナイズするためのフォーラムも開かれる予定です。パイロット期間中に得られた経験が評価され、QbD申請に対する規制上の取扱いに関する共通理解が形成されて、共通のガイダンス文書の策定や合同トレーニングの開催に繋がることが期待されます。
 

  申請中のEMA-FDA間のQbD部分に関するやりとりは、通常の審査のタイムフレームに沿って行なわれます。EMAとFDAから示されているQbD並行審査における会合、レポート交換、コメント等のタイムラインは以下の通りです。

  • 申請書受理後約45日(EMAにおいては35日目)にEMAとFDAの審査チーム間で合同会合が開かれ、申請中のQbD要素を議論し、どの部分が並行審査の対象となるか合意
  • 申請受理後90日(EMAにおいては80日)時点で審査官のレポートを相手方のエージェンシーに送付
  • 申請評価における一貫性確保のため、EMAのPATチームとFDAのONDQAは、審査レポートとLoQ/情報要求の評価プロセスに、これらをお互いに議論する前の段階から直接関与
  • 申請者とのやりとりは、QbDに関するLoQ/情報要求の送付を含め、EMA、FDAそれぞれが既存の手続を通じて実施(EMAではこれは120日時点のLoQに含まれる)
  • EMA-FDA間の合同会合のアレンジや申請者/スポンサーとEMA、FDAとの間のコミュニケーションは、EMA、FDAのプロジェクト・マネジャーが調整
  • 並行審査後、得られた教訓の検討、知見と手続のギャップ分析を実施


  パイロット・プログラム期間中には、EMA-FDA間で定期的な会合がセットされ、新たなQbDコンセプトに対する戦略や合同トレーニングのオプションについて定期的に議論されます。また、パイロットを通じて得られた知見は、カンファレンス等を開いて必要に応じて合同のプレゼンテーション又は文書の形で公開されるようです。
 

  本パイロット・プログラムは2011年4月1日から3年間継続し、パイロット・フェーズ終了時には、EMA、FDAによりパイロットの成果を合同で評価し、結果の公表とともに必要に応じてプロセスの改正、スコープの修正を行なうこととされています。

Guido Rasi教授のEMA長官就任

  2011年11月16日付けでGuido Rasi教授がEMAの新長官(Executive Director)に正式に就任しました。EMA設置(1995年)以来、三人目の長官になります。
Guido Rasi begins as new head of European Medicines Agency
 

  EMA長官のポストは、2011年12月末のThomas Lonngren前長官の退任以降ずっと空席で、Rasi長官の就任までHead of the Administration UnitのAndreas Pott氏がActing EDを務めてきましたが、この度彼はRasi長官によってDeputy Executive Directorに任命されました。
Andreas Pott appointed Deputy Executive Director of European Medicines Agency
 

  新長官の就任までこのように長い時間がかかったのは、2010年秋に各種媒体に募集広告が出されてから、欧州委員会及びEMAマネジメント・ボードによる応募者の絞込みがまず行われた後、2011年6月8日のEMAマネジメント・ボードによる長官候補のノミネーション、同年7月13日の欧州議会環境保健食品安全委員会によるヒアリングとそれに続く9月上旬の承認と、長官の選考手続が何段階ものプロセスを踏む仕組になっているためです。
 

  Rasi教授はイタリアの出身で、内科、アレルギー学、臨床免疫学を専門とする医師です。1978年から病院等に勤務した後、1990年からはローマにある国立研究評議会実験医学機構で研究に従事し、2008年からはイタリア医薬品庁の長官(Director General)を務めるとともに、EMAマネジメント・ボードのメンバーでもありました。
 

  上記プレスリリースでは、Rasi長官の就任がEMAにとってファーマコビジランス、フォールシファイド薬、患者への情報提供等の新法令の実施作業を抱えるチャレンジングな時期に当たり、また、EMAにとっても各加盟国の当局にとっても、財政上の困難やマンデート、業務量の増加と相俟って欧州ネットワークにさらに依存しなければならない時期であることが述べられていますが、ぜひ優れたリーダーシップを発揮して欧州各国の結束を一層強めるとともに、厚労省/PMDAとも引き続き強固な信頼関係を維持・発展していってもらえることを願っています。