目次
この医薬品・医療用具等安全性情報は,厚生労働省において収集された副作用情報をもとに,医薬品・医療用具等のより安全な使用に役立てていただくために,医療関係者に対して情報提供されるものです。
平成14年(2002年)4月
厚生労働省医薬局
No. | 医薬品等 | 対策 | 情報の概要 |
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1 | 大動脈内バルーン(IAB)カテーテル | 使 症 |
IABカテーテルを使用していた患者が胸部大動脈損傷により死亡したとの報告を受け、調査を行ってきたが、基本的にすべてのIABカテーテルについて、同様の有害事象が発生するおそれがあると考えられるため、今般、使用上の注意改訂を指示し、これらの不具合について一層の注意喚起を図るものである。 |
緊:緊急安全性情報の配布 使:使用上の注意の改訂 症:症例の紹介
大動脈内バルーン(IAB)カテーテルによる胸部大動脈損傷について
(1)はじめに
IABカテーテルを使用していた患者が胸部大動脈損傷により死亡したとの報告を受け,調査を行ってきたが,基本的にすべてのIABカテーテルについて,同様の有害事象が発生するおそれがあると考えられるため,今般,使用上の注意改訂を指示し,これらの不具合について一層の注意喚起を図るものである。
(2)経緯
IABカテーテルはバルーンのついたカテーテルであり,大腿動脈又は外腸骨動脈から左鎖骨下動脈分岐部まで挿入したうえで,バルーンを拡張・収縮(ポンピング)させることで心臓の拡張期圧を上昇させて冠血流量の増加を図り,心臓の負荷を軽減させる補助循環装置であり,重症心不全や術後低心拍出量症候群,体外循環離脱困難などに用いられている(図1参照)。
これまでIABカテーテルの使用に伴う有害事象として,下肢の虚血,感染,挿入時の動脈解離,バルーンの破裂・穿孔,血栓塞栓症等が知られているが,急性心筋梗塞の治療のためIABカテーテルを使用していた患者が胸部大動脈損傷により死亡したとの症例が報告された。
当初,担当医のIABカテーテルが原因と考えられるとのコメントに加えて,本事例のように胸部大動脈損傷の報告はこれまでなかったこと,さらに合計2例の報告がなされたことを踏まえ,使用されていたIABカテーテル機種(以下,「当該カテーテル」という。)との関連の可能性も否定できないと考え,入念的に当該カテーテルの販売自粛と原因調査を製造業者に指導するとともに,併用医療用具の使用状況及び担当医の見解を基に,本事例の原因についてほぼ一年にわたり調査を進めてきた。
(3)原因分析
i) 検討の方向性
大動脈損傷の原因として考えられる以下の4点について検証を行った。
原因(1) | 患者の大動脈が蛇行していたため,当該カテーテルの先端が大動脈に接触し,ポンピングすることで血管壁をこすった,あるいは患者が体を大きく動かしたことにより,当該カテーテル先端が胸部大動脈を損傷したなどの患者の固有因子に起因して症例が発生した可能性。 |
原因(2) | 治療のために併用されたガイドワイヤーなどの医療用具で大動脈を損傷した可能性。 |
原因(3) | 使用者が当該カテーテルを誤って用いた結果,当該カテーテルを留置する際に胸部大動脈に損傷を与えた可能性。 |
原因(4) | 当該カテーテルが他社製のIABカテーテルと比較して柔軟性がなかった,あるいは先端チップに鋭利な部分があったために血管に対して攻撃性が高かったなど,当該カテーテルに固有の構造特性等に起因して症例が発生した可能性。 |
ii) 検証結果
a)原因(1)及び(2)について
担当医によれば,患者は血管の蛇行や動脈硬化は軽度であり,当該カテーテル使用中における患者の安静も保たれていたとされており,患者の固有因子に起因する可能性は否定的であった。しかし,患者は治療のために処置室とICUとの間を複数回移動しており,患者の体動が原因であった可能性を完全には否定できないと思われた(症例の概要を参照)。
回収された当該カテーテルの現品の先端から25mmに曲がりが発生していたが,患者の大動脈の裂傷やその対面の圧迫痕と思われる血管壁の変化から,当該カテーテルが血管内でブリッジ状態となって生じた曲がりと考えられた。
さらに実験的にブリッジ状態を作り出して検討したところ,回収された当該カテーテルに生じていたものと同等の曲がりを再現できたことから,原因(1)及び(2)の可能性も完全には否定できなかったものの,大動脈損傷に関連した医療用具は当該カテーテルであることが示唆された。
b)原因(3)について
担当医によれば当該カテーテルの留置は適切に行われたとされており,さらに当該カテーテルの使用開始から患者の容態が急変して緊急手術を行うまでに40時間以上を要していることから,留置操作に問題があったとは考えにくく,原因(3)を結論づけるのは困難と考えられた。
c)原因(4)について
当該カテーテルの構造特性について以下1)~4)のとおり,他社製のIABカテーテル6機種との比較試験を実施して検討を行った。
1) | 大動脈に見立てた塩化ビニル製のチューブが真っ直ぐな状態と大きく湾曲した状態でIABカテーテルをポンピングさせ,それぞれの状態におけるIABカテーテルの先端の挙動を調べ,さらにチューブが湾曲した状態でのIABカテーテル先端の壁面に対する荷重を検討する試験。 |
2) | 上記1)と同じ条件下で,チューブを湾曲させて,先端チップが接触する位置にブタ血管を張り,ポンピング後の血管表面の変化を観察する試験。 |
3) | IABカテーテルの先端チップを荷重計に固定し,IABカテーテルを押し込んで,座屈するまでの荷重を測定する試験。 |
4) | IABカテーテル各部分について,ブタ血管との摩擦係数を測定する試験。 |
市販されている他のIABカテーテルとの比較試験1)~4)のいずれにおいても当該カテーテルに 特異な点はなく,さらに,他社製品について海外でも本事例と類似していると思われる胸部大動脈を損傷した症例の報告もあったことから,本事例は当該カテーテルに特有のものではなく,IABカテ ーテルに一般的に起こり得る事例であると考えられた。
さらに,当該カテーテルについて,ブタ血管を用いて,ブリッジ状態となる可能性があるのか否か を検討するとともに,当該カテーテルがその状態でポンピングしたときに生じる損傷を再現する試験 を行った。その結果,本事例は当該カテーテルに何らかの大きな力が加わって血管内でブリッジ状態 となり,大動脈損傷を引き起こした可能性が高いと考えられた(図2参照)。
当該カテーテルがブリッジ状態を形成するためには,過度に押された状態で留置されるか,あるい は留置後,体動等何らかの動的変化が加わるかが原因と考えられる。しかし,当該カテーテルの留置 は適切に行われたとの担当医の意見から推測すると,当該カテーテル挿入時に生じていたカテーテル シャフトのたわみが時間の経過とともに延ばされた結果,当該カテーテルの先端が奥へ移動したため に,胸部大動脈を損傷した可能性も考えられた(図3参照)。
(4)安全対策
以上のことから,IABカテーテルの製造業者,輸入販売業者及び国内管理人に対し,添付文書の自主点検を行わせ,IABカテーテルにより胸部大動脈を損傷する可能性について注意喚起をするとともにIABカテーテルが胸部大動脈損傷を起こす可能性のある条件を明示し,そのような状態とならないよう,定期的にIABカテーテルの留置状態について確認する必要がある旨について使用上の注意に記載するように指導した。
(5)注意事項
IABカテーテルが適切に留置されたとしても,本事例のようにIABカテーテル使用時においては大動脈損傷が発生する可能性は常にあることから,以下のことに注意する必要がある。
(1) | 定期的にIABカテーテルの留置状態について確認し,バルーン破裂などに対する注意と併せて十分な患者のモニタリングを行うこと。 |
(2) | IABカテーテル挿入時に大腿動脈部で抵抗がある場合又はIABカテーテル留置後には,その全体の走行を透視下で確認してカテーテルシャフトのたわみが認められた場合には,IABカテーテルをやや引き抜くなど,IABカテーテルにたわみを残したままポンピングすることのないよう注意すること。 |
症例の概要
NO. | 性・ 年齢 |
使用理由 (合併症) |
併用医療器具 | 経過及び処置 | 備考 | |||||||||||
1 | 男 60代 |
心筋梗塞 (完全房室ブロック) |
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企業報告 | ||||||||||||
IABP駆動1:1 ガイドワイヤー, ガイディングカ テーテル,血栓 吸引カテーテル |
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IABP駆動8:1 または1:1 ガイドワイヤー, 血管造影カテー テル,ガイディ ングカテーテル, PTCAカテーテ ル,ステント |
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IABP駆動1:1 |
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