目次
この医薬品・医療用具等安全性情報は、厚生労働省において収集された副作用情報をもとに、医薬品・医療用具等のより安全な使用に役立てていただくために、医療関係者に対して情報提供されるものです。
平成14年(2002年)10月
厚生労働省医薬局
情報の概要
No. | 医薬品等 | 対策 | 情報の概要 |
---|---|---|---|
1 | 卵胞ホルモン/ 黄体ホルモン |
使 | 平成14年7月、米国国立心肺血管研究所(National Heart, Lung and Blood Institute)は、Women’s Health Initiativeの研究の一部として実施していた、閉経期における各種疾患予防のための結合型エストロゲン/酢酸メドロキシプロゲステロン併用療法のリスクとベネフィットを評価する臨床試験の中止と、関連する主な結果を公表した。中止の理由は、HRT群とプラセボ群における浸潤性乳がんの発生頻度の差が、試験計画時に中止基準として設定したリスクの範囲を上回ったことによるものである。 今回の米国における一連の決定は、我が国において直ちに安全対策が求められる事態ではないと考えられるが、承認されている卵胞ホルモン剤の中には、更年期障害や骨粗鬆症を適応として使用されている製剤もあることから、使用上の注意を改訂し、医療関係者に情報提供することとした。今般あわせて、臨床試験の概要および我が国の状況について紹介するものである。 |
2 | ポリ塩化ビニル製 医療用具 |
ポリ塩化ビニル製の医療用具は、素材が化学的に安定であること、また、柔軟性・耐久性等に優れていることなどから、内外において医療の場で広く使用されている。 一方、ポリ塩化ビニルは、その特性である優れた柔軟性を保持するために、材質中に可塑剤が添加されており、この可塑剤(DEHP:フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)が接触する溶媒中に溶出してくることが知られている。このDEHPの溶出は、医療用具においても確認され、昨年来、米国FDA等が臨床使用における患者へのDEHPの曝露について報告している。我が国で平成13年度に実施された厚生労働科学研究医薬安全総合研究事業において日本の市場流通品を用いて検証した結果を踏まえ、評価検討し、DEHPを可塑剤として含有するポリ塩化ビニル製の医療用具に係る現在の考え方をとりまとめたことから、今般、これらの知見を紹介するとともに、医療関係者等に対し、臨床上使用されるポリ塩化ビニル製の医療用具について必要な注意を喚起することとした。 |
緊:緊急安全性情報の配布 使:使用上の注意の改訂 症:症例の紹介
卵胞ホルモン/黄体ホルモン併用長期投与と安全性について
(1)背景
平成14年7月、米国国立心肺血管研究所(National Heart, Lung and Blood Institute)は、Women’s Health Initiativeの研究の一部として実施していた、結合型エストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロンの配合剤による臨床試験(以下、「WHI PERT臨床試験」という。)を中止したことを公表するとともに、当該臨床試験の主要な結果を公表した。
Women’s Health Initiativeは、閉経後女性における疾患の発症予防を総合的に評価することを目的とした大規模臨床試験であり、今回の結合型エストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロンの配合剤による試験のほかに、子宮のない閉経後女性を対象とした結合型エストロゲンの単独投与の臨床試験なども実施されており、これらの試験は現在も継続されている。
(2)WHI PERT臨床試験の概要と解釈
WHI PERT臨床試験は、閉経期における各種疾患予防のための結合型エストロゲン/酢酸メドロキシプロゲステロン併用療法のリスクとベネフィットを評価する目的で、子宮のある閉経後女性16,608人をHRT群(結合型エストロゲン0.625mg/日と酢酸メドロキシプロゲステロン2.5mg/日の配合剤)とプラセボ群の2群に無作為に割り付けて実施した臨床試験である。第10回中間解析の結果、浸潤性乳がんの発生頻度に関するHRT群とプラセボ群の差が、試験計画時に中止基準として設定したリスクの範囲を逸脱したため、平均5.2年間追跡した時点で当該試験を中止した。
(結果)
平均5.2年間の追跡の結果、- HRT群において、骨粗鬆症による骨折、結腸・直腸がんは有意に減少。
- 浸潤性乳がんは、約5%の有意確率でHRT群において増加し、試験計画時に設定したリスクの範囲を逸脱。
- 冠動脈疾患、脳卒中、静脈血栓症は、HRT群において、有意に増加。
- 子宮内膜がんは、HRT群において、有意差はないものの減少傾向。
(解釈)
- WHI PERT臨床試験は、結合型エストロゲン/酢酸メドロキシプロゲステロン配合経口剤の長期投与(平均5.2年間)により、米国における一般閉経後女性において、冠動脈疾患等の危険性が増加するとの知見を初めて示したものである。
- ホルモン併用療法に伴う乳がんのリスクの上昇については、WHI PERT臨床試験計画時からすでに報告されていたことから、WHI PERT臨床試験においても、乳がんのリスクがある一定レベルを超えたら中止することをあらかじめ計画に盛り込んでおり、今般の試験中止は、その規定に従ったものである。これは、本試験の対象者が試験継続による不利益を被らないことを重視したものと考えられる。
- WHI PERT臨床試験は、低脂肪食への食事変容介入の臨床試験と一部重複して実施されたものであり、対象者はこれらの試験の募集に応じた女性である。また、WHI PERT臨床試験では、重い更年期障害のためプラセボ群への割付ができない女性や、現在のHRT中止に合意しない女性が対象者から除外されている。(これらの点は、WHI PERT臨床試験の結果の一般化の制約になっている可能性がある。)
- WHI PERT臨床試験の対象者は、次の点において冠動脈疾患や乳がんのリスクファクターが高い可能性がある。
(1) 対象者のBMI(Body Mass Index)の平均は28.5であり、また対象者の約3分の2は、BMIが25以上で、肥満傾向であること。 (2) 対象者の約半分は喫煙経験者であること。 (3) 対象者の約3分の1は高血圧症であること。 - WHI PERT臨床試験は、閉経期の各種疾患予防のために結合型エストロゲン/酢酸メドロキシプロゲステロンを投与した場合の健康への影響を検討したものであり、その結果は、更年期障害、骨粗鬆症等、低エストロゲンに起因する各種疾患の治療に用いられる場合には必ずしも当てはまるものではなく、そうした適応についての有用性を否定したものではない。
- WHI PERT臨床試験で用いられた卵胞ホルモン剤は、結合型エストロゲンの経口剤であり、卵胞ホルモンの種類と量、あるいは投与量が異なる他の製剤(たとえば、エストラジオール貼付剤等)の長期投与の場合には、本試験結果が必ずしも当てはまるものではなく、今後の研究の余地がある。また更年期障害などの短期的な投与の場合にも、必ずしもあてはまるものではない。
(3)我が国の状況
1) |
我が国の状況は次のとおりである。
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||||||||
2) |
以上のことから、今回のWHI PERT試験の中止は、我が国において緊急な安全対策を講ずる事態ではないと考えられる。しかしながら、我が国において承認されている卵胞ホルモン剤の中には、更年期障害や骨粗鬆症を適応として使用されている製剤もあることから、WHI PERT試験の結果について医療関係者に情報提供することは必要である。現在、WHI PERT臨床試験の結果は必ずしも正確に伝えられているとは言えず、更年期障害の有用な治療の選択肢である卵胞ホルモン療法の施行や普及に誤解を与えないよう、現在卵胞ホルモン療法を受けている人あるいはこれから受けようとしている人に対し、医療関係者を介した正確な情報提供が必要である。 |
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3) |
結合型エストロゲンについては、我が国では、骨粗鬆症の適応はないが、更年期障害への投与に際してWHI PERT臨床試験の結果を踏まえた情報提供をすべきである。それ以外の卵胞ホルモン製剤で、骨粗鬆症あるいは更年期障害を適応とする製剤についても、WHI PERT臨床試験の結果の情報提供をすべきである。また、骨粗鬆症治療薬としての卵胞ホルモンの位置づけについては、さらに今後の研究成果の蓄積が期待されるところである。 |
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4) | 更年期障害あるいは骨粗鬆症を適応とし、長期使用の可能性がある卵胞ホルモン製剤については、その有用性とリスクを考慮し、十分な観察を行いながら、患者ごとにその採用及び継続を考慮すべきである。 |
以上を踏まえ、次のとおり添付文書の改訂を行うこととした。また、同時期に公表された卵巣がんに関する知見についても追記することとした。
《使用上の注意(下線部追加改訂部分)》
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〈結合型エストロゲン〉 | |
[その他の注意] |
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〈エストラジオール製剤(更年期障害又は骨粗鬆症の適応をもつ製剤)〉 | |
[その他の注意] | ・結合型エストロゲンと黄体ホルモン剤を長期間併用した閉経期以降の婦人では、冠動脈性心疾患、脳卒中、静脈血栓塞栓症、乳がんを発生する危険性が対照群の婦人に比較して、わずかながら統計的有意差をもって高くなるとの臨床試験の報告がある。 ・卵胞ホルモン剤を長期間使用した閉経期以降の婦人では、卵巣がんを発生する危険性が対照群の婦人に比較して高くなるとの疫学調査の結果が報告されている。 |
〈エストリオール製剤(更年期障害又は骨粗鬆症の適応をもつ製剤)〉 | |
[その他の注意] |
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〈参考文献〉 | |
1) | Writing Group for the Women’s Health Initiative Investigators. Risks and Benefits of Estrogens Plus Progestin in Healthy Postmenopausal Women.JAMA、288:321-333(2002) |
2) | Rodriguez C., et al.:Estrogen Replacement Therapy and Ovarian Cancer Mortality in a Large Prospective Study of US Women.JAMA、285:1460-1465(2001) |
3) | Lacey J.V., et al.:Menopausal Hormone Replacement Therapy and Risk of Ovarian Cancer.JAMA、288:334-341(2002) |
ポリ塩化ビニル製医療用具の使用について
ポリ塩化ビニル製の医療用具は、素材が化学的に安定であること、また、柔軟性・耐久性等に優れていることなどから、内外において医療の場で広く使用されている。特に、輸液ポンプ等の機器との併用等によるチューブに大きな負荷がかかる場合にあっても、チューブの潰れによる閉塞や引っ張りによる破断といった不具合を生じにくく、ひいてはこれらの不具合の結果生じる投薬上の問題や失血等の危険性が低い医療用具として繁用されている。
一方、ポリ塩化ビニルは、その特性である優れた柔軟性を保持するために、材質中に可塑剤が添加されており、この可塑剤(DEHP:フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)が接触する溶媒中に溶出してくることが知られている。このDEHPの溶出は、医療用具においても確認され、昨年来、米国FDA等が臨床使用における患者へのDEHPの曝露について報告している。我が国において平成13年度に実施された厚生労働科学研究医薬安全総合研究事業において、日本の市場流通品を用いて検証した結果を踏まえ、評価検討し、DEHPを可塑剤として含有するポリ塩化ビニル製の医療用具に係る現在の考え方をとりまとめたことから、今般、これらの知見を紹介するとともに、医療関係者等に対し、臨床上使用されるポリ塩化ビニル製の医療用具について必要な注意を喚起することとした。
(1)経緯
ポリ塩化ビニルは、優れた柔軟性と化学的安定性から広範な分野で使用されており、その優れた物性については、現在も高く評価されている。一方で、DEHPは一時期内分泌かく乱化学物質の候補物質として議論されていたが、現在は、主として精巣毒性を有する一般毒性物質として、耐容一日摂取量(TDI)40~140μg/kg/dayが設定されている。
当該TDIは、食品等から毎日摂取し続けても影響が出ないであろうという推測値であり、医療に用いられる製品については、(1)永続的に使用されるわけではない、(2)治療は生命、身体に切迫した危険を排除するための手段であり、その治療行為をより安全に行うことが優先されるべきであるとのリスクベネフィットの考え方から、これまで、ポリ塩化ビニルから溶出する可塑剤(DEHP)について特段、規制が設けられてこなかった。また、現時点においても、この位置づけは変わらず国際的にもポリ塩化ビニル製の医療用具の製造・販売等が禁止されている国はない。
しかし、多くの分野において可塑剤(DEHP)を使用していない代替品の開発が進み、医療の場での選択肢が増加したことに加え、可能な限りリスクを低減する方策を模索する考え方に立ち、どのような場合、ポリ塩化ビニル製の医療用具に代えて代替品の使用を考慮するべきかについて検討してきた。国内外の評価結果を含めて本稿において紹介する。
(2)海外における評価
DEHPを可塑剤として使用しているポリ塩化ビニル製の医療用具は、(1)血液と接触する医療用具(輸血セット、血液透析回路、人工心肺回路(ECMOを含む)、血液バッグ、心肺バイパス等)、(2)体液と接触する医療用具(腹膜透析回路、胸腔チューブ、導尿カテーテル等)、(3)組織と接触する医療用具(人工呼吸チューブ、気管内チューブ、吸引カテーテル等)、(4)投与する薬剤又は栄養液等に接触する医療用具(点滴バッグ、静脈注射セット、静脈注射カテーテル、消化管カテーテル、栄養チューブ及びバッグ等)、(5)その他の医療用具(延長チューブ、手術用手袋等)と多岐に渡っている。
これらの医療用具を用いた主な手術・治療等に係る曝露量の概要は、以下のとおりである。
治療方法
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DEHP曝露量(μg/kg/day)
|
|
成人(70kg)
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新生児(4kg)
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1)静脈注射(点滴) | ||
(1)晶質液(脂溶性でない薬液) |
5
|
30
|
(2)可溶化剤含有液(脂溶性薬液) |
40~150
|
30
|
イミペネム(環流時間0.5h) |
1.5
|
|
ミダゾラム(環流時間24h) |
7
|
|
フェンタニル(環流時間24h) |
33
|
|
プロポフォール(環流時間24h) |
1640
|
|
2)中心静脈栄養 | ||
(1)脂質なし |
30
|
30
|
(2)脂質添加 |
130
|
250
|
3)輸血 | ||
(1)外傷患者 |
8500
|
|
(2)成人輸血/ECMO |
3000
|
|
(3)置換輸血/NICUの新生児 |
22600
|
|
(4)交換輸血/化学療法や貧血治療等 |
90
|
|
(5)冠動脈バイパス手術等外科患者 |
280
|
|
(6)クリオプレシピテートによる血液凝固療法 |
30
|
|
4)心肺バイパス手術 | ||
(1)冠動脈バイパス術 |
1000
|
|
(2)心臓移植 |
300
|
|
(3)人工心臓移植 |
2400
|
|
5)ECMO(体外膜型肺) |
14000
|
|
6)アフェレーシス |
30
|
|
7)血液透析 |
360
|
|
8)腹膜透析 |
<10
|
|
9)経腸栄養 |
140
|
140
|
注:FDAの報告書から概要を転記。
|
曝露量の観点から、輸血、血液交換、ECMO(体外膜型肺)、静脈栄養、複合疾患による多数のチューブの接続時、血液透析、経腸栄養、心臓移植・心臓バイパス手術等の大手術、大量輸血において大量被曝することが知られており、これらの治療に際してはできるだけ回避するよう配慮することが必要である。
また、特に新生児及び小児においては、より感受性が高いと考えられることから、代替品への切り替えを優先的に行うことが適当である。
これらのことをまとめると以下のとおりである。
○
|
脂溶性薬剤を投与するときにはDEHPを含有する製品は使用しない。 |
○
|
ECMO、心臓移植、心臓バイパス、血液透析等の大量被曝する療法については、代替品を使用すること。 |
○
|
できるだけヘパリンコートチューブを用いるべき。 |
○
|
胎児・新生児・乳児・小児は最も危険が高い集団として代替品への切り替えを優先すべき。 |
○
|
成人であっても、感受性が高い可能性がある外傷患者(心臓移植患者、妊婦、授乳婦)については代替品を使用すべき。 |
(3)我が国の検討
米国FDAの研究においては治療法別に曝露量が検討されているが、個々の医療用具についての評価が行われていないことから、厚生労働科学研究医薬安全総合研究事業において実際に使用される条件下での各医療用具からのDEHPの溶出量について、実際に日本で流通している主たる製品を中心に検討が行われた。ここでは、以下の選定基準に基づいて試験対象製品が選定された。
1) |
直接に体液又は薬剤に接触することによって、可塑剤であるDEHPが体内に移行するおそれがあるポリ塩化ビニル製医療用具。 |
2) |
国内の使用数量が多い医療用具。 |
3) |
FDA報告等において、特にDEHPが大量に溶出すると指摘されている医療用具。 |
4) | 以上の項目に該当するもののうち、国内販売シェアが最も大きい医療用具の銘柄。 (1)血液バッグ (2)人工腎臓用血液回路 (3)人工心肺用血液回路 (4)輸液セット (5)延長チューブ (6)フィーディングチューブ |
条件等
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曝露量(μg/kg/day)
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||
成人(50kg)
|
小児等(体重)
|
||
血液バッグ | 全血3w、4℃ (200mLバッグ) |
140
(2.5L輸血) |
180
(200mL輸血、体重3kg) |
血液透析回路 | 週3回 |
67
|
46
|
人工心肺回路(ノンコート(1)) | 6時間循環 |
350(**)
|
710(11kg)
|
人工心肺回路(ヘパリンコート(1)、共有結合) | 6時間循環 |
160(**)
|
330(11kg)
|
人工心肺回路(ノンコート(2)) | 6時間循環 |
350(**)
|
720(*)(11kg)
|
人工心肺回路(ヘパリンコート(2)、イオン結合) | 6時間循環 |
300(**)
|
610(*)(11kg)
|
輸液セット(PVC) | 抗真菌剤 |
8.8
|
-
|
免疫抑制剤A |
92
|
-
|
|
延長チューブ(PVC) | 脂肪乳剤 |
7.2
|
-
|
抗真菌剤 |
0.6
|
-
|
|
免疫抑制剤A |
15
|
-
|
|
免疫抑制剤B |
13
|
-
|
|
抗悪性腫瘍剤 |
1.4
|
-
|
|
延長チューブ(non-PVC) | 脂肪乳剤 |
0.1
|
-
|
抗真菌剤 |
0
|
-
|
|
免疫抑制剤A |
0
|
-
|
|
免疫抑制剤B |
0.6
|
-
|
|
抗悪性腫瘍剤 |
0
|
-
|
|
フィーディングチューブ | 粉ミルク |
-
|
100(1kg)
|
注2:斜体字は表面積換算等による推定値を示す。
注3:(*)チューブ径が(1)と同一でないため補正。(**)チューブ内径10mm、回路長4mとして表面積により補正。
(4)推奨事項
現時点で、ポリ塩化ビニル製の医療用具の使用により直接的に健康被害が発生したという報告はない。また、柔軟・耐久性かつ操作性に優れているために非常に有用な製品として使用されており、米国及び欧州においても使用は禁止されていない。
一方、ヒトでは観測されていないがげっ歯類での精巣毒性及び発生毒性が確認されていることから、我が国は、動物実験のデータから不確実係数を100として、TDI:40~140μg/kg/dayを設定している。
医療行為に伴うDEHPの曝露量は通常の生活曝露量よりも多量(TDIを超える場合もある)であるが、医療において当該医療用具を使用する治療によって享受される利益は、DEHPの曝露による健康への影響よりもより大きい旨の医療従事者からの指摘に留意して、DEHP曝露を回避しようとする目的で、必要な治療の妨げになることのないように注意することが必要である。
しかし、可能であれば異物であるDEHPの曝露量を低減するよう配慮することが適当であると考えられ、特に代替品が存在する医療用具については、DEHPへの感受性が高いと考えられる新生児、乳児、幼児から優先的に代替品への移行を図ることが望まれる。現時点ではポリ塩化ビニル製の医療用具が安価であり、代替品との価格差があるが、その価格差も少なくなったものもあり、今後代替品の普及により経済的にも使用しやすい環境が整ってくることも期待される。
また、医療におけるDEHPのリスクについて、(1)霊長類ではげっ歯類より高い用量でもげっ歯類のような毒性は確認されていないこと、(2)医療行為が行われる期間(短期間の場合もある)について、当該期間に対応した無毒性量のデータがないことから、生涯摂取し続けても健康被害が出ないであろうと推定されているTDIを指標にリスク評価することが必ずしも合理的かつ適切かどうかは明らかではない。しかし、代替品の存在やヘパリンコートによる曝露量低減の可能性が示されている製品については、その使用を促進するとともに、臨床の現場に対し、未知の健康被害の可能性の低減が可能となるよう情報提供を行うことが重要であると考えられる。このため、臨床上の他のリスク等も勘案の上、以下の対策について検討することが適当である。
なお、DEHPが溶出しない代替製品に係る情報については、医療機関において選択時に参考にできるよう、調査の上周知することが適当である。
《医療関係者等への情報提供》
1) | 新生児・乳児に使用されるフィーディングチューブについては、(1)対象患者の感受性が高いと考えられること、(2)体重が少なく、体重あたりの被曝量が大きくなると想定されること、(3)脂溶性のミルク等を流すために大量のDEHPが溶出する可能性があること、(4)代替製品が存在することから、できるだけ早期に使用を中止し、代替品の使用に切り替える。 |
2) | ヘパリンコーティングチューブについては、全くDEHPが溶出しないとする海外の報告もあるが、国内流通品についての検討結果では、完全にDEHPの溶出を防止することができないが、曝露量を低減することが確認されており、DEHP曝露の低減の手段の一つとして参考にされるべきものとして周知する。なお、ヘパリンコートについては、生物由来の製品であるが、共有結合タイプの方がイオン結合タイプに比べて、よりDEHPの溶出を低減する傾向にあることも報告されていることも参考にするよう付記する。 |
3) | 人工腎臓用血液回路については、(1)長時間の体外循環により大量のDEHPに被曝する可能性があること、及び(2)繰り返し使用されるものであることから、新生児・乳児等の感受性が高いと考えられる患者に使用される場合には、臨床上治療等に支障を生じない範囲(ヘパリンコーティングチューブの併用や回路の一部を代替品で置き換える等)で代替品の使用に切り替える。 |
4) | 人工心肺回路及びその他の血液回路については、一時的に大量のDEHPに被曝する可能性があるものの、生涯を通じて反復して被曝する可能性は低いことから、代替品の使用に切り替えることが可能な場合(ヘパリンコーティングチューブの併用や回路の一部を代替品で置き換える等)には、代替品への切り替えを検討する。 |
5) | 輸液チューブ及び延長チューブについては、使用する薬剤に依存してDEHPが溶出することから、特に脂溶性の高い薬剤を使用する場合には、代替品への切り替えを検討する。 |
6) | さらに、感受性が高いとされている新生児・乳児に加え、これらに影響する可能性が高い妊婦、授乳婦への適用については、優先的に代替品に切り替える等配慮する。 |
7) | 血液バッグについては、DEHPによる赤血球保護作用があることが報告されており、現時点で、代替品に切り替えなくてはならないものとは考えられないが、低温で保存することにより、DEHPの溶出を押さえることができるとの報告もあることから、保管温度を下げできるだけ短期間の保存にするように配慮する。 |
《医療用具メーカー等への指示》
1) |
医薬品との組合せ使用の際の選択が可能となるよう、DEHPを可塑剤として使用している医療用具であって、溶出したDEHPが体内に移行する可能性がある医療用具については、可塑剤としてDEHPを使用している旨の記載を徹底する。 |
2) | DEHPを可塑剤として使用している医療用具の機能を完全に代替できる優れた代替品の開発を促進するよう周知する。 |
お知らせ NTTのファクシミリ通信網サービス「Fネット」を通じ、最近1年間の「医薬品・医療用具等安全性情報」がお手元のファクシミリから随時入手できます(利用者負担)。 「Fネット」への加入等についての問い合わせ先:0120-161-011 なお、医薬品情報提供ホームページ(http://www.pharmasys.gr.jp/)又は厚生労働省ホームページ(http://www.mhlw.go.jp/)からも入手可能です。 |