COVID-19に対するワクチン接種について患者と話し合うにあたっては、医療従事者及び公衆衛生当局が中心的な役割を担います。
多数の臨床試験が実施中であり、世界的に大規模な開発が進められているとはいえ、現在までのところ、COVID-19の治療に有効な抗ウイルス薬はほとんどありません。このため、COVID-19に対するワクチンの役割がますます重要となります。
COVID-19パンデミックの世界的な影響により、ワクチンとその開発及び規制当局による審査に対して、一般市民の関心がかつてないほど高まっています。関心を集めるきっかけとなった主要なルートは、マスメディアやソーシャルメディアです。一方で、同じルートを通じて、パンデミックに関する誤った情報や偽の情報も大量に流通しています。その結果として、人々の間でワクチン接種に関する懸念や、さらには、ワクチン接種に対する強い反対が生じる可能性があります。COVID-19ワクチン接種の重要性を伝える際のもう1つの課題は、これまでの世界共通の一般的な傾向として、若年成人ではCOVID-19による臨床的な影響が小さいため、ワクチン接種による裨益は限られていると考えている点です。しかし、若年成人であっても、自らがCOVID-19に罹患したり、重篤なCOVID-19を発症した家族や友人と接触したりする可能性があります。
ICMRAは、COVID-19ワクチンの開発、規制当局による審査、及び継続的な安全性監視に関して、医療従事者、その関係者及び患者がさまざまな疑問を抱えていることを承知しています。
新技術を用い、比較的短期の臨床試験にて、条件付き、暫定的又は緊急の使用承認という規制プロセスにより、迅速にCOVID-19ワクチンの開発が進められていることは、医療従事者や患者に疑問や懸念を抱かせる可能性があります。今後1年間で、さまざまな技術をベースとした複数の異なる種類のCOVID-19ワクチンが利用可能になることも見込まれています。
本ステイトメントは、COVID-19ワクチンの安全性、有効性及び品質に対する審査に関連する規制プロセスを説明するものです。また、承認後も、さまざまなCOVID-19ワクチンの継続的な安全性監視に関して、国内及び国際的に導入される取決めについても説明します。
世界的なパンデミックを終息させ、人々の命を救うために、COVID-19に対するワクチン接種が有益であることが広く期待されています。
薬事規制当局国際連携組織(International Coalition of Medicines Regulatory Authorities(ICMRA))[*]による本ステイトメントの目的は、COVID-19ワクチンの監視における規制当局の役割について医療従事者に情報を提供し、疑問解消の手助けをすることにあります。本ステイトメントでは、ワクチンの安全性、有効性及び品質を判定するために厳格な科学的評価がどのように行われるのか、そして、承認後においても安全性をどのように厳密に監視し続けるかについて説明します。
ワクチンの非接種者は常にウイルスを拡散するリスクがあります。ワクチン接種による集団免疫は、集団の大部分がワクチン接種を受け、かつ、他者にウイルスを伝播できなくなった時点で実現されます。これにより、ワクチン接種者自身だけでなく、ワクチン接種を受けられない人々も防御されます。「集団免疫」を実現し、感染症の実効再生産数を可能な限り減少させることが重要です。十分な数のワクチン接種者よって「集団免疫」を実現しないと、ワクチン接種を受けられない免疫不全状態の人々やワクチン接種に対する反応が乏しい人々など、感染しやすい脆弱な人々に深刻な影響を及ぼす可能性があります。集団免疫には、高いワクチン接種率と、効果的かつ妥当な防御期間をもたらすワクチンとの組み合わせが必要です。「集団免疫」の実現によって、正常な社会的機能への復帰と経済の再開が可能になります。
規制当局は、ワクチンの承認申請者によって提供された科学的及び臨床的エビデンス、並びに入手可能なその他エビデンスについて、独立した立場から厳密に評価しています。各ワクチンの承認可否は、そのベネフィット/リスクを評価できる入手可能な科学的エビデンス(動物に投与した際の試験成績、臨床試験成績及び製造情報)を用いて安全性、有効性及び薬剤の品質を厳密に評価した上で決定されます。
ワクチン接種プログラムは公衆衛生当局によって作成され、提供されます。その過程では、多くの場合、専門的な予防接種技術諮問委員会と協力の上、ワクチン接種の対象集団の優先順位付け、追加的な勧告の発表、並びにワクチン及び予防接種に関する情報の提供などが行われます。また、規制当局と協力して、使用が承認された後のワクチンの安全性監視も実施されます。
COVID-19ワクチンは世界的に接種され、パンデミックの抑制に寄与することから、安全性のエビデンスは、COVID-19ワクチンの規制当局への承認申請において不可欠な要素です。安全性のエビデンスは、ワクチン開発プロセスの全段階において収集されます。
一般的な副反応とまれな副反応の両方を検討し、承認申請時に報告する必要があります。通常、規制当局は、臨床試験の参加者に対して、ワクチンの最終接種後少なくとも1~2ヵ月間にわたる追跡調査が行われることを必要としています。これまでのワクチンに関する経験を踏まえると、非常に重篤な(ただし非常にまれな)有害事象のほとんどはこの期間内に発現します。また、各ワクチンの早期フェーズの臨床試験に参加した被験者に対しては、より長期間(6ヵ月以上)の追跡調査も実施します。多くの被験者を対象に1年間以上の追跡調査も実施し、個々のワクチンの予防効果の持続期間と長期安全性を評価します。
ワクチンによって誘導される免疫反応の種類に関する情報以外に、適切にデザインされた臨床試験のデータを規制当局に提出し、幅広い年齢層及び合併症を有する者を含む十分な数の被験者(一般的には1万人以上、通常は約3万人)を対象として、当該ワクチンによってCOVID-19が実際に予防可能であることを検証しなければなりません。高齢者においてCOVID-19の影響が特に深刻であることを考慮して、大半のCOVID-19ワクチンの開発者は臨床試験に多数の高齢者を組み入れています。
また、各ワクチンの安全性及び有効性も、製品ごとに個別に慎重に評価されています。臨床試験では、ワクチン候補の接種者において、臨床検査でSARS-CoV-2の感染が確認される人数が減少し、非接種者の対照群と比較してCOVID-19の発症が極めて有意に減少することを示す必要があります。ワクチン候補には、個人間の疾患伝播も減少させることが期待されます。
規制当局は、ワクチン承認の可否決定に有益な情報を得るため、独立した科学諮問委員会に対して独立した立場に基づく専門的助言を追加的に求めることがあります。このような委員会は、科学、医学(感染症を含む)及び公衆衛生の専門家で構成され、消費者の代表も参加することが多くあります。
規制当局の承認を受けた全てのCOVID-19ワクチンは、国際的に合意された厳格な規制基準である医薬品の製造管理及び品質管理に関する基準(GMP)に従って製造しなければなりません。規制当局は、データを審査し、各製造施設の製造工程が適切に管理され、一貫していることを確認します。対象のデータには、ワクチン成分の同一性及び純度、並びにその力価に関するデータの他、各バッチのワクチンが常に高品質であることを保証するために用いられる各製造段階及び管理に関するデータが含まれます。ワクチンの安定性に関するデータも、ワクチンの承認前に提供しなければなりません。また、バッチが国際的な要求事項に適合していることを保証するために、各国規制当局が供給前にバッチを評価することもあります。
ワクチンの承認後には、製造販売業者に対して厳格な安全性及び有効性監視(ファーマコビジランス)、並びにリスク最小化活動の実施が求められます。製造販売業者は、ワクチンのベネフィットがリスクを常に上回ることを保証するため、ワクチンの安全性を継続的に監視する必要があります。そこで、規制当局はワクチンの製造販売業者に対して、リスク管理計画を作成し、ワクチンに伴うリスクの監視及び最小化の方法を記載することを求めています。また、ワクチン企業に対して、自社製品の臨床試験の実施段階から安全性監視を継続することも求めており、これには一般的に以下に示す複数のアプローチが用いられます。
医療従事者は、患者にみられた有害事象を積極的に報告するだけでなく、ワクチンの被接種者に対して、有害事象を直ちに医療従事者に報告するよう促すことも非常に重要です。
規制当局は、ワクチン接種後の「特に注目すべき有害事象」の一覧表を作成する予定です。この中には、接種とほとんど関連していないものもあれば、頻繁に報告されますが、因果関係が認められていないものもあります。これらの事象の自然発生率を把握することで、増加傾向を検出した際には速やかな検証が可能になります。また、ワクチン接種群において特定の重篤な有害事象の頻度について有意な増加が認められた場合には、規制措置を迅速に講じることができます。
高齢者を含めCOVID-19ワクチンが広く使用されると、不運なことに、単に同時発生しただけで、ワクチン接種とは無関係の死亡や重篤な疾患が多く発生することが予想されます。各規制当局の仕事は、因果関係、すなわち、ワクチン接種によって重篤な転帰に至った可能性が高いか否かを明らかにすることです。また、妊婦、重度の基礎疾患を有する人々、高齢者及び小児を対象とした安全性の監視、並びに他のワクチンとの相互作用の監視にも特に重点を置きます。
安全性問題が認められた場合、規制当局は、公衆衛生当局との協力を通じて断固たる措置を講じることができます。 これらの措置には、患者、医療従事者及び地域社会に対する安全性情報の提供、ワクチンに関する製品情報や消費者向け情報の更新、特定バッチのワクチンの流通停止、必要に応じたその他の規制措置が含まれます。
世界的に見て、より幅広い集団を対象としたワクチン使用を承認する前には、ワクチンの安全性、有効性及び品質を科学的に評価するための厳密なプロセスが適用されており、一般市民はこれを信頼できる状況にあります。
ICMRAは、WHOをオブザーバーとして、世界の全地域より30の医薬品規制当局[1]の長官を集めた会議体です。医薬品規制当局は、ヒトの健康と福祉に必要とされる安全かつ効果的で高品質な医薬品へのアクセス提供を促進するうえで、自らが重要な役割を担っていることを認識しています。具体的には、ワクチンのベネフィットがそのリスクを上回ることを保証することが含まれます。
[1] ICMRAは世界各地域の主要な規制当局からなる国際的な長官レベルの会合です。ICMRAは、医薬品規制当局に対してグローバルな戦略的フォーカスを提示するとともに、共有された規制上の事案及び課題に対して戦略的リーダーシップを発揮します。優先課題の1つとして、危機的状況に対する協調的な対応が挙げられます。参加規制当局は以下の通りです: Therapeutic Goods Administration (TGA), Australia; National Health Surveillance (ANVISA), Brazil; Health Products and Food Branch, Health Canada (HPFB-HC), Canada; China National Medical Products Administration (NMPA), China; European Medicines Agency (EMA) and European Commission - Directorate General for Health and Food Safety (DG - SANTE), European Union; French National Agency for Medicines and Health Products Safety (ANSM), France; Paul-Ehrlich-Institute (PEI), Germany; Health Product Regulatory Authority (HPRA), Ireland; Italian Medicines Agency (AIFA), Italy; Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW) and Pharmaceuticals and Medical Devices Agency (PMDA), Japan; Ministry of Food and Drug Safety (MFDS), Korea; Federal Commission for the Protection against Sanitary Risks (COFEPRIS), Mexico; Medicines Evaluation Board (MEB), Netherlands; Medsafe, Clinical Leadership, Protection & Regulation, Ministry of Health, New Zealand; National Agency for Food Drug Administration and Control (NAFDAC), Nigeria; Health Sciences Authority (HSA), Saudi Arabia Food and Drug Administration (SFDA); Singapore; Medicines Control Council (MCC), South Africa; Medical Products Agency, Sweden; Swissmedic, Switzerland; Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency (MHRA), United Kingdom; Food and Drug Administration (FDA), United States and the World Health Organization as an observer. Associate members include Austrian Medicines and Medical Devices Agency (AGES), Danish Medicines Agency, Israel Office of MedicalTechnology, Health Information and Research (MTHIR), Poland Office of Registration of Medicinal Products and Biocidal Products (URPLWMiPB), Russia Roszdravnadzor and Spain Agencia Española de Medicametos y Productos Sanitarios (AEMPS).